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瑞龍寺。その2

掲載日: 

     こんばんは。

  本日は恒例の小林歯科勤務。

  若干ヘトヘト。
  なれど、モチベーションと元気も
  いただいて参りました。

  ヘトヘトだけれど、書く。

  何故か。

  そこにキーボードがあるから。

  ふふふ。
  全然キマらないな。

  いいけど。

  豊成です。

  さて。

  仏殿の次に参るは
  法堂ですよ。

  どんどんサクサク進むのです。
  そうしないと、いつまで経っても瑞龍寺から帰れません。

  本来、ここには真ん中に観音様とか如来様とかが
  鎮座ましますのに
  瑞龍寺ではなんとど真ん中、真正面に前田利長公の位牌。

  それを見て、『利長公を神格化してるのか?』
  と思っちゃった僕、どーらーえーもーん。
  ちがった。
  豊成。

  凄い鋭くないですか?
  我ながら悦に入ってしまいました。

  ガイドをしてくれたお坊様の説明を聞いて
  更にご満悦。

  どうやら、日光東照宮に大権現として祀られている
  徳川家康公に対抗していたらしいのです。

  だから、お寺の名前も利長公の戒名からとって
  瑞龍寺、なんだとか。

  さすが、百万石の大大名。
  やることのスケールがちがうぜ。

  ちなみに。
  大権現というのは大明神よりも位が上なんだとか。
  へぇえ、知らなかった。
  色々と勉強になるなあ。

  写真はその法堂です。
  大きな位牌が正面にドカーンとあって
  その前にある縦横に走る柱が鳥居の様に見えますよね。

  まさに神格化。

  神になった大名は日本広しといえども
  そうそうは居ないはず。
  これもまたロマンですよねえ。

  この法堂は当時霊峰と崇められた立山も借景されており
  さらにその力を強めようとしていたのかも。

  前田家はそもそも織田家ゆかりの家柄。
  そこから豊臣に仕え五大老の筆頭にまでなり
  秀吉の愛息・秀頼の後見人まで務めた。
  となれば、やはり徳川には忠誠を誓えども
  腹の中に一物持っていても不思議はないですよね。

  うーむ...

  久々に僕の中の歴史の虫がモゾモゾ。
  楽しすぎる!!

  瑞龍寺ネタは次回も続きます。

  では。
  豊成でした。

この御方もプロだと思う。

掲載日: 

  プロ意識が高いというか。

  多分、この瑞龍寺に籍を置いている事の
  重みを知っていて
  かつ、その事を誇りに思っているのでは
  と感じました。

  そのガイドの巧みさは絶品でした。

  そして、数多くの本も
  読んでいらっしゃるのではないかという
  言い回し、単語、表現力。
  おや?
  その言い回しは...
  知ってるぞ!

  みたいなのが随所にあって
  余計に楽しめちゃいました。

  お友達になりたい。
  と思っちゃいました(笑)

  皆様も機会があれば是非
  かれのお話を聞いてみてください。

  引き込まれますよ。
  その世界観に。

  ちょっと脱線でした。

瑞龍寺。その1

掲載日: 

     こんばんは。

  誰かが読んでくれている
  と分かると俄然やる気が出ちゃう。

  単純大王です。

  今夜はオールナイトか?

  いやいや、明日の診療に
  差支えが出るような
  無茶はしないのです。

  でも、この自分の中にある感動が
  少しも薄れることのないままに
  書いておきたいので。

  今夜はもう少しだけ起きて
  書き進めようと思います。

  豊成です。

  さて。

  国宝指定の瑞龍寺ですが
  恥ずかしながら今回訪問するまで
  その名前すら
  存知上げませんでした。

  いやあ。
  歴史好きを豪語していながら
  お恥ずかしい...

  高島城は知っていたんですけどね。
  多分、日本三大湖城の一つですよね?

  今回、ガイドさんがお寺のお坊様に
  案内を頼んでくれて
  お坊様がこれを快諾してくれたお陰で
  非常に解り易くこのお寺の事を
  知る事が出来ました。

  感謝。

  ちなみに、写真右下に頭の見切れていらっしゃる方こそ
  そのナイスガイドのお坊様です。

  餅は餅屋。
  寺は坊様。

  さあ、では瑞龍寺ツアーと参りますか。

  まず、総門。
  薬医形式の門だそうで、
  もともとはお城の門だったものを
  こちらに移築したのだそう。

  これは、一国一城令によって
  城がなくなっても
  いざとなれば軍事拠点として
  利用することも可能なようにしたのではないか
  という説もあるとか。

  うむむ、説得力あるなあ。

  この総門、
  東京大学の赤門そっくり。
  色が違うだけみたい。

  同じように薬医形式の門だから
  というだけではなく
  赤門はそもそも加賀藩の江戸屋敷の門だったそうで。

  ほほう。
  こりゃまた凄い事を知ってしまった。

  だから、旅は面白いのよね!

  総門を抜け山門をくぐるとそこには仏殿。

  写真はその仏殿です。
  ここで見て頂きたいのは屋根。
  右下の後頭部ではないですよ。

  この屋根、なんと鉛で出来ているのだそう。
  これも、戦になった時には溶かして鉄砲の弾に出来る様に
  という思惑もあったのではないか、とのこと。

  おぉぉー。
  なんか魂が震えますよね。
  こういう知恵。
  いざという時への備え。

  でも、屋根に積もった雪解けが早いからという説も
  濃厚だとか。
  でもでも、良いんです。
  それも、知恵。ですから。
  ロマンを感じられましたし。

  この仏殿を支える石畳は
  穴太衆(あのうしゅう)の技術がふんだんに盛り込まれているそう。

  穴太衆って琵琶湖付近に居たんじゃなかった?

  たしか朝鮮半島からの移民集団で
  高度な知識と技術(医療・土木・芸術・etc)などをもった人の中でも
  特に石に関連したものに精通した人達だったと記憶してますが。

  このお寺が建築される頃にはその技術が
  各地に浸透していたことを指すのかしら。

  なんにしても、楽しすぎる!
  最高だ、歴史。

  そんな感じで今回はお開き。

  豊成でした。

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